研究内容紹介
超伝導とは、金属の温度を冷やしたときに電気抵抗がある温度以下でゼロになり、同時に磁場が超伝導体内部に侵入できなくなる現象(マイスナー効果)です。
この特異な性質を持つ超伝導体は、MRI診断装置、リニアモーターカー、超高感度量子磁束干渉計、送電線、天文観測のための超高感度の電波(サブミリ波)センサーなど、さまざまな分野で幅広く応用されています。
超伝導の発見は今から100年以上前に遡ります。
ヘリウムの液化に世界で初めて成功したオランダの物理学者カマリン-オンネスは1911年、水銀を液体ヘリウムで冷やすと摂氏−268.8 °C(絶対温度で4.2 K)で電気抵抗が突然ゼロになることを発見しました。
その後長らく、超伝導は非常に低い温度で生じる現象と考えられていましたが、1986年に銅酸化物高温超伝導体が発見され、液体窒素温度摂氏−196 °C(77 K)以上でも超伝導が生じることが示されました。
その後、30年以上にわたり室温超伝導実現の期待のもとに超伝導発現の機構解明が進められ、膨大な研究の積み重ねにより、高温超伝導体の理解は著しく進歩しました。
しかし、超伝導の発現機構そのものは未だ完全には解明されておらず、現代の物性物理学の最大の難問の一つとされています。
さて、金属中では電子は互いに衝突を繰り返しながら、それぞれはバラバラに動いています。
ところが温度が下がり超伝導になると、電子同士は対をつくり、マクロな数の電子が、位相がきれいに揃った一つの波のような状態になります。
これは、液体から固体、常磁性から強磁性といった、秩序のない状態から秩序のある状態への相転移現象の一つです。
この秩序だった静寂の超伝導状態に、瞬間的に刺激(擾乱)を加えると、その秩序のさざ波が生じます。
このさざ波は、素粒子のヒッグス粒子に相当していることからヒッグスモードと呼ばれます。
素粒子のヒッグス粒子の理論の基礎には対称性の自発的破れという考え方がありますが、これは南部陽一郎先生が超伝導の理論(BCS理論)にヒントを得て素粒子の理論へと発展させたことが源となっています。
ヒッグスモードは、超伝導体において対称性の自発的破れ(波動関数の$\mathrm{U}(1)$回転対称性の破れ)に付随して発生する秩序変数の振幅の振動(励起)に相当していて、
約50年前にその存在は理論的に予言されていましたが、その観測は困難で明確な実証には至っていませんでした。
当研究室ではテラヘルツ波を用いた超高速分光技術によって、s波低温超伝導体でヒッグスモードを初めて明瞭に観測することに成功しました[Ref.1-3]。 ヒッグスモードの観測は、その歴史的な意義に加えて、超伝導の性質を探る新しい方法を与えるものとして世界的にも注目されています。 当研究室では、s波低温超伝導体に続いて、銅酸化物高温超伝導体でもこのヒッグスモードが存在することを実験と理論との共同研究により初めて明らかにしました[Ref.4]。 銅酸化物高温超伝導体の特徴の一つは、超伝導になる温度が高いだけでなく、超伝導を担う電子対が相対的に角運動量を持っている(回転している)点にあり、d波超伝導体と呼ばれます。 この性質には、電子同士を結びつける糊の起源(電子間のクーロン斥力に起因する磁性)が深く関係していると考えられています。 このような特徴を持つ高温超伝導体で、超伝導のさざ波であるヒッグスモードが観測されるかどうかは興味深い問題で、様々な理論予測がなされていました。 私達は、テラヘルツ波パルスを高温超伝導体に強く照射することで、高温超伝導体の電子対を揺らし、その揺れ方を光を使って詳細に調べることでヒッグスモードの存在を突き止めました。 現在はヒッグスモードの観測を通して超伝導体の非平衡ダイナミクスを明らかにしていくとともに、超伝導状態を光によって超高速にコヒーレント制御する、あるいは光によって常伝導相を超伝導相へと変化させることを目指して研究を行っています。